ばいおぐらいふ

出戻りジャニオタの、たわごと。

個を推すということ、集を推すということ。

所謂、担当とか推しメンとか言う話。 深い話ではないけれど。

こちらの記事に感化された、というか考えた末にちょっと感じたことを書きます。

みなさんの担当論を聞かせてください。 - pompom

まず、こちらの記事にある担当になった理由。
一応、担当というか、人に説明する際はこう言ってます。
「Hey!Say!JUMPが好きで、中でも有岡くんと伊野尾くんが好きです。かわいいです。」
なぜこの二人が好きか、というのはもう引力とかそういう理由です。

とはいえ、
「Hey!Say!JUMPの有岡くん、伊野尾くん」ではなく、「Hey!Say!JUMPでは有岡くん、伊野尾くん」のスタンスで行こうと思っています。
つまりは「担当」になりたくないのです。 なぜなら全力でHey!Say!JUMPの箱推しだからです。

確かに有岡くんや伊野尾くんが真ん中に立ってる曲が見たいし、メディア仕事をしているのも見たい。 けれどそれがHey!Say!JUMPみんなにも言えるから。 メンバーそれぞれが活躍している姿が見れるのが幸せ。
だからあくまでニュアンスでは「担当」ではなく「推し」なんです。

ところで、「推し」という言葉はジャニーズ界隈より、AKBG界隈で使われる言葉だと思ってます。
けれど、実際AKBGが好きだった時期は、どちらかというと「担当」のニュアンスに近かったと思います。
理由としては、いわゆる「超選抜」や「選抜」を推していたわけではないから。
CMやバラエティやドラマが決まっても、推していた子が出るわけではない。
シングルが出ても選抜に選ばれるわけではないことはわかっていた。
だからこそ、その子の個人仕事には喜ぶことができた。「集」より「個」を推していたから。
そもそもの人数が多いからしょうがないことではありますが。

AKBGでは「個」を推し、ジャニーズでは「集」を推す。
でもそうなったのはこの2つの(私が思うに)グループの在り方が異なるからだと思う。

AKBとは夢のショーケース

AKBGは(今もそうなのかはわかりませんが)このコンセプトがあります。 夢を叶えて独り立ちする、それまで使用する名刺の社名がAKBなのです。
個が集に入って個として旅立つのがAKB。

対して、ジャニーズは(一部を除き)Jrとして活躍し、グループの一員としてデビューし、後に個人仕事を行いながら、またグループでも活躍する。
あくまでグループという「箱」が長きにわたって存在する点が異なる。
個が集となって個を膨らませて、集を大きくする。

この違いがあるから、見方が変わるのはしょうがないというか、当たり前なんだろうなと思います。

長々と書きましたが、ジャニーズ、少なくともJUMPを好きな方を見ていると、
「誰かの仕事は自分の担当とグループによい影響を与える」ことを知っているのでしょう、JUMPの仕事一つ一つ決まった時、だれの仕事であっても喜んでいる方が多い印象です。
私は熱心なファンになれる気はしませんが、温かい目で見続けたいと思っています。